ボコ題に挑戦中 お題の特性上、暴力表現・性的表現などが予告なく飛び出します (基本DV風味もっさり)
各自自己責任において自己防衛お願い致します
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01:たたく
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02:つねる
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03:噛む
「ここへ」
静かな声だった。
市川の口が動いたようには見えなかったが、確かにそれはこの男の声だった。月明かりを背に畳に腰を降ろした盲目の老人は、間違いなく自分の姿を捉えているようだった。
深い色をした市川のサングラスには、馬鹿みたいに白いばかりの自分の姿が映り込んでいる。浮かび上がるその白が気持ち悪くて、赤木はそこから目を逸らした。
余り自分の姿を見るのは好きではなかった。
そういえば、と思う。この盲目の男から自分の姿かたちについて何か云われた記憶がない。だが、見えぬのならそれも当然のように思えた。
盲は盲にしか、いやこの男にしか解らぬ、仄暗い闇から世界を見ているのだろう。
普段、滅多に外されることのない男のサングラスの下に隠れている濁った眼球が、時折ギョロリ、と自分へと向く様を見るのが好きだった。
「ここへ座れ」
もう一度、静かに市川は繰り返した。
その右手が動き、市川が座る目の前の畳へと指先が触れる。小さく畳の擦れる音。
そこへ座れということなのだろう。ゆっくりと老人の前まで近づき、その指が示す辺りの畳に膝を突いた。
衣擦れの音が大きく感じて思わず市川の顔を見上げたが、特に市川からは何も言葉はなかった。何を気にしているんだ、と可笑しくて薄く唇を引きあげる。
「何が可笑しい」
「・・・アンタさ、本当に見えてないわけ?」
「クク・・・お前はいつもそう云うな。そんなにこの目が気になるか」
市川は畳についた手を上げると、己のサングラスを押し上げた。節の目立つ掌に覆われ、サングラスに映り込んでいた白い自分の姿が見えなくなる。
同時に僅かに見えていた市川の眼も、そのサングラスの中へと隠された。
「知りたいんだ」
思いのほか静かな声が出た。余り深く考えず咄嗟に出た言葉だったが、そう間違っていない気がした。
「ほう、」
隠された市川の眼が見たくて、赤木はサングラスに指を掛けようと手を伸ばした。その手と交差するように市川の手が赤木に向かって、にゅ、っと近づく。先に触れるより早く、市川の乾いた指が赤木の唇に触れた。
やはり、こんな時でさえ、正確に市川の指は自分を探り当てるのだ。行き先を失った自分の手のやりどころがなくて、空に浮く。
「何が知りたい」
「全部。アンタの全てだ」
市川の指が触れたままなのを構わず口を開けば、それは唇から離れ、硬い爪先が歯に当たった。
自分の吐く息が、そして動かした舌先が、市川の乾いた指を次第に湿らしていく。そのことに酷く自分が緊張しているのに気付いた。
「・・・表情が硬いな、どうした?」
にやり、と口を歪めた市川が、その触れた指を赤木の前歯に沿って動かす。薄く切り立った前歯を掠めた人差し指と中指は、僅かに開いただけの両の歯の隙間を易々と割って入る。赤木の咽喉がひぅ、と鳴った。震えるその咽喉を駆け上がった息は自分のものではないほど熱くて。
逃げ場の無い熱は口の中で渦を作り、濡れた粘膜が焼かれる感覚にまた赤木は小さく咽喉を鳴らした。
だが、さらに奥へと指は押し込まれる。奥歯の歪な噛み合わせの形を確かめるように、指の腹がねっとりと這い進む。赤木は市川の指で初めて己の歯の形を知った。
そうして。
赤木はその指をゆっくりと噛む。骨と皮、爪の感覚。己の歯よりも良く知る、男の味がした。
「っふ、」
唾液が口の奥に溜まる。飲み込もうと口を閉じようとすれば、市川の指が咽喉を突かんばかりに差し入れられ、同時に舌を押さえ込まれた。
「んっ!く・・・!あ、ふっ、う!」
途端、反射的な嗚咽に変わる。
咄嗟に市川の手首掴み、顔を振って逃れようとしたが指は抜けず、咽喉と舌の感覚から引き出される嘔吐感に躯が震えた。そうしている内にもさらに指は増やされ、いいように市川が暴れ回るのを許してしまう。
「クク・・・」
笑う市川の声が恨めしい。咽喉が震え、くぐもった声しか出せなくなる。
「ぅあ・・・んぅ、あ、・・・ぐ、う」
「!」
口の中に鉄の味が広がった。
「チッ・・・!クソ餓鬼が」
ずるり、と引き出される市川の指。唾液にまみれた指には赤い色が纏わりついている。
「げほっ!・・・っが、はっ!あぁ!」
ひゅ、と咽喉が鳴り、赤木は激しくむせ返した。
「ククク。噛み付いてんじゃねぇぞ。躾のなってねぇ餓鬼だぜ」
唾液と血で濡れた市川の掌が頬を撫でてくる。粘つく肌が気持ち悪くて顔を背けるが、市川は許さない。まだ痙攣する咽喉に掌が押し当てられ、乱れる呼吸を知られる。
ひりつく粘膜は乾き張り付ついて、息を吐き出すたびに赤木の咽喉を苛んだ。
「・・・っ、め、や・・・!んっ、う」
ゆっくりと市川が掌に力を込める。かろうじて咽喉の奥に残った空気までもが潰され、くぁ、と掠れた音が零れた。その手で引き寄せられるままに市川の顔へ近づくと、飲み込めぬ唾液の残った口の端が、熱い舌でざらりと舐られる。
「悪戯が過ぎると、こういう目に合うのさ」
サングラスの奥で濁った眼球が薄く細められ、物を追うことなど出来ないはずの視線は楽しげに揺れていた。
04:叫ぶ(×モブ)
足先で湿った感触が行き来するのを、赤木は一つとして感情を動かすことなく見つめた。
目線を落とした先には、己の足元に跪く男の姿。
自分の投げ出した素足を両手で捧げ持つようにして、男は一心不乱になっていた。何かに取り憑かれたように、己の舌で赤木の素足を舐め回している。その姿は、異様だった。
男の荒い息と、ぴちゃぴちゃと舌と唾液が捏ね回されて出る音だけが、薄暗く埃臭い部屋に響く。
行きずりで知り合った男だった。賭場や雀荘で暇を持て余すのにも厭き、公園の薄汚れたベンチでぼんやりしていたら声を掛けてきた。落ち着きがなくて忙しなく視線を動かす男だ、と思った。色々言い募る言葉が耳障りで遮るように、したいの?と聞けば、男はぴたりと口を閉じた。
相変わらず男は俯き、赤木の足に執着しているらしい。男が舌先を、右足の薬指と中指の間に捻込んでくる。ずるり、と口の端から零れる唾液を啜る音。同時に咥えられた指がきつく吸われ、男の歯が当たった。
薄暗い部屋の中で見下ろした男の顔は、俯く影でよく見えない。ただ、何処かに見付けようとしていた。無意識に。懐かしいその面影を。だがしかし、当たり前に似ても似つかぬ粗野な風貌と、そこから聞こえる荒い息がそれを妨げた。
あの日・・・、あの優しい手を離して以来、何度も同じ事を自分は繰り返している。
事後そのたびに落ち込むことはもう、ない。そんな感情はとうに何処かに忘れて来てしまった。ただ、必ず男と寝た次の朝には、その湿った記憶と共に苦い吐き気で目が醒める。そして時にはそれこそ数分前まで一緒に居たはずの、もう既によく思い出せなくなっている男の肌と、懐かしい掌の記憶を比べるように辿っては馬鹿みたいに吐く、という悪癖を今でも引き摺っていた。
まるで吐くために行きずりの男と交わっているのではないかとさえ思う時もある。
恐らくそれは正しい。
そんなことを繰り返している自分は相当イカレてるはずだ。心が叫び出す一歩前で踏み留まっている。
吐くという代償行為で何を消し去ろうとしているのか。愚かなこの行為でもなく、ましてやその相手の男でもない、それを考えるのは少し恐いと思う。ただ、自慰にすら劣る、そんな衝動を繰り返している。
05:口の端が切れた* (R16)
中を探る男の指が、更に深いところを穿った。
湿った音をさせながら引っ掻くように指を捻られ、その形をもう自分は覚えいるのだと気付き、赤木は己の唇を噛み締める。何かに気をやっていなければ、直ぐにでもあられもない声を上げてどうにかなってしまいそうで、無心に頭を振った。咽喉の奥で息が絡まる。
陽に焼けた畳の上へ突っ伏すようにして高く腰を上げさせられ、散々に搾り出されたその身では最早逃れようもなくて。
くちくちと掻き回される度に肉の薄い腰がびくりと轢き吊り、嫌が応にでも、ささくれた畳に頬や肩が押し付けられる。押し込む形で組み敷かれた畳と擦れて産まれる熱から逃れようと、赤木はもう痺れて殆ど感覚のない指で畳を掴んだ。不精をして少し伸びたままの爪が畳の目に引っ掛かる。
力を入れる指と爪の間の肉が、柔らかく軋んだ。
喉はおろか喘ぐ呼気で、口全体がどうしようもないほど渇いている。同じように唇も固く乾いていたのだろう、歯を立てたときにぷつりと切れ、舌には生温い鉄の味が広がった。
もう若くもない老いさらえたはずの男の手は、それでも赤木のそれよりは幾分も大きく、この男の何処にというような力強さでまだ未成熟な躯を組み敷き、長く骨ばかりが目立つ指は、為すが侭に翻弄され震える子どもの肌の上を器用に這い回ってゆく。
喘ぐ度に鈍く痛む口の端からは、飲み込めず零れた唾液が伝う。それは血と混ざり合い、畳を汚した。
06:ひっぱる
陽が落ち、夜風と虫の声を肴に晩酌を楽しんでいた市川が、つと視線を縁側の先、庭へとやる。庭には子どもが出て居たはずだ。
「市川さん」
月明かりの下、庭の池で泳ぐ鯉を飽きもせず長い間見ていた赤木が、縁側近くまで戻ってきていた。
「…どうした。流石に鯉には飽きたか」
市川が薄く笑い煙草を燻らす。その問いに赤木は答えず、代わりにみしり、と縁側の板を鳴らし傍まで寄ってくる。
「耳が変なんだけど」
「あ?耳だと?」
突然の話題に市川が片眉が跳ね上げた。視線を遮るサングラスの内側で、険呑な空気が生まれる。しかし、そんなことには構う様子もなく目の前の気配が動いた。赤木が座ったのだ。
「耳ん中に虫が入った。気持ち悪い」
「ククク…酔狂な虫だなぁ、オイ」
肩を揺らして市川が笑う。吐き出した煙が辺りに広がってゆく。夜の色と混ざる紫煙。
「放っときゃ、そのうち出ていくさ。それまで辛抱しな」
「気持ち悪いし、五月蠅い」
それに暫く待っても出ないから戻って来たんだ、と赤木は続けた。ぱさぱさ、と乾いた髪の音がする。恐らく気持ち悪くて頭を振っているのだろうが、そんなことでは虫は出ない。それどころか振られてパニックになった虫が余計に暴れ回るだけだ。
「頭を振るんじゃねぇ」
苦々しく口を開けば、うるせぇ、と苛々した声が返ってきた。どっちのことなのか。両方のことを云っているのかもしれない。
「耳元に明かりでも持ってくりゃ一発だが、盲が持った蝋燭を耳に近づけるなんざ、ゾッとしねぇだろうが」
「いいよそんなの。今よりマシさ」
蝋燭、と繰り返し畳の擦れる音と共に、赤木が立ち上がった。
「ねえ、蝋燭って何処に置いてあるの」
「オイ」
傍を離れようとする子どもに手を伸ばし、捕まえる。
「何?」
「いちいち面倒臭せぇ餓鬼だ」
市川は掴んだ手首を引き下ろし、赤木を再びその場に座らせた。
「…何なの?」
「面、寄越しな」
手首から離れた市川の右手が、今度は赤木の白く細い顎を掴む。ぎりり、と力を込めて掴まれて小さく子どもが呻く。
「どっちだ」
「ッ…右っ…痛いよ」
市川は反対の手にもった煙管から思い切り煙を口に吸い込むと、右手で捕まえた赤木を引き寄せる。そのまま赤木の右耳へと口を寄せ、溜めた煙をその中へ吹き込んだ。途端、竦む気配。
「…っ!ふっ、…っ」
耳へ寄せた口を離す帰りに、複雑な形で出来た内側の軟骨を舌で辿った。小さく奥まった中を舌先で捏ねるように探り、這い回り、最後は耳朶を舌と唇を使って殊更ゆっくり挟んでやる。
「っぅ、ひ、あっ…!」
そのまま仕上げとばかりに耳全部を咥え込むほど吸い付き舐め上げると、びくり、と赤木が身を跳ねさせた。
「どうだ?出て行ったか?え?」
「ん、ぁ、ぅ…っ、」
くく、と耳元で笑う声さえもが刺激となって伝わるのか、市川の指先で感じる肌は熱っぽく脈打ち、細い顎は詰めた息をそれ以上もう吐き出すまいと堪えて震えているのが判る。
「どうだって聞いてんだ、クソ餓鬼め」
「っ、の、クソジジィ…!!」
のろのろと赤木の腕が持ち上がり、力の抜けたらしいその拳は鈍い動きで、それでも、腹立たしげに市川の胸元に打ち付けられた。
07:殴られた
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08:泣きわめく
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09:抵抗する
特に理由があった訳じゃない。
手加減のない平手を受けて赤木の躯が飛び、畳の上を滑るように転がった。身を起こす気配がしたので、その頭を上から踏みつけた。べしゃりと潰れた上体に体重をかけて、もう一度踏み躙った。
そうしてから、何か理由があった時の方が珍しいと思い至って、市川は考える事を止めた。
壁際に追い詰めるのは逃げ場を無くす為ではなく、単に自分の目が見えないからに過ぎない。なんせ力任せに殴る蹴るを繰り返せば、痩せこけた餓鬼の躯はすぐに何処かへ転がってしまうのだ。いちいち転がる先を探るような面倒はしたくなかった。
壁に向けて蹴り上げ、壁にぶつかるように殴り飛ばす。そうすれば自然、子どもの躯は壁とその前に立ち塞がる己の間で崩れ落ちる。更にじりじりとその距離を縮めて行けば、少し足を持ち上げるだけで、その場に蹲る子どもの痩せた腹や小さな顔を踏みつけることが出来た。
掬い上げるように足蹴にした勢いで直ぐ後ろの壁に打付ければ、どごんと壁が鳴った。低く硬い音がしたので頭か肩かをぶつけたのだろう。
お互いに無言の侭、躯を打つ音と、子どもの躯が跳ねて壁にぶつかる音が何度も続いた。
される侭に暴力を奮われる間、赤木は一度も抵抗らしい抵抗をしたためしがない。
何を考えているのか市川には興味もなかったが、時折漏れる子どもの呻き声を聞いているうちに、己の中の暗いどろりとしたものが溢れ出て行く。己の荒い息遣いがいやに耳に付いた。
そんな時、足元に蹲る赤木からはさも楽しそうな気配がするのだ。あちこち出来たであろう打ち身と擦り傷と、微かに感じる生温かい血の臭い。そんなんなものを張り付けながら、子どもは薄く笑っているのだ。
市川はその場に膝を突くと手を延ばし、横たわる子どもの胸倉を掴み引き摺り上げて壁に押し付ける。さっきよりも血の臭いが強くなった。熱の篭った息が顔にかかる。
捻じ込むように掴んだ手で喉元を締め上げれば、子どもの喉がひゅう、と鳴った。掴む手はそのままに、反対側の手で腫れた頬を撫で上げる。
途端、さっきまで何の反応も見せなかった躯が、引き攣るように跳ねた。
「どうした」
「っ…や、め」
撲られ、蹴り上げられるのは良くても、こうして柔らかく触れられるのは厭なのか。
そのまま手を滑らすようにして今度は指の腹で喘ぐ唇を撫でてやる。
「ひ、っう」
ぞわりと子どもの肌が波打った。
「くく…何だ。怯えているのか」
力無く投げ出されていた腕が抗おうとする。逃げようとする背は、直ぐ後ろに迫る土壁に阻まれ、ざりざりと土が鳴る音がした。
市川の腹の底に熱いものが溜まってくる。ああ、なんて愉しい。怯える子どもの前髪を掻き揚げて、じっとりと汗の滲む額に唇を押し付けた。
「、ぃ、いや、だ」
正面から赤木の両足を割り開き、その間に己の躯を捻じ込んだ。跳ねる躯を壁との狭い隙間に押さえつける。まるで、幼子を愛おしむように、守るように、大切にと、顔を肩を全身を撫で上げてやる。その度にびくびくと子どもの躯は怯えて痙攣する。
「はっ・・・、いぁ」
「・・・ん?・・・どうした?」
殊更ゆっくりと声色を抑えて耳の中に直接息をかける。あ、ぃあ、子どもが顎を仰け反らせ、頭を土壁に擦り付けて喘いだ。大丈夫だと殆ど呼気だけを乗せた舌先で中を探り、離れる時には柔らかい耳朶を噛む。
暗い部屋で子どもは只、いやだいやだと譫言のように繰り返し続けた。
10:鼻血
持っていた杖を玄関戸に立て掛け、懐を探って鍵を取り出す。そのまま盲とは思えぬ滑らかな手つきは、迷う事無く古びた金属を小さな鍵穴へと差し込む。
カツリ、と錠の上がる音が、暗くなり始めた辺りに静かに響いた。
玄関戸を開た先には日中の熱が逃げず、むわりと篭る空気が待ち構えていた。と、中へ一歩足を踏み入れた市川の動きが止まる。”鍵を閉めて”誰も居ないはずの母屋の奥から隠そうともしない人の気配と、くしゅん、と小さな嚔。
一瞬動きを止めた市川は、口元を腹立たしげに歪ませる。まったく己の家で何を遠慮することがあるのか。一つ舌打ちを口の中で噛み殺し、奥の居間へと続く廊下を進む。居間までのその距離を間違うこともなく辿り着くと、躊躇せず襖を引き開けた。
一歩踏み入れた市川が一瞬、鼻の頭に皺を寄せる。
自分が部屋に入って来たことに気付いているだろうに、子どもの気配は動かない。ただ、又一つ嚔が聞こえた。何食わぬ顔をして寛ぐつもりらしい。
足音を露骨にさせながら子どもが居るであろう縁側まで市川が一直線に向かった。流石に間近まで迫ると子どもが身動ぎして、半身を起こす気配がする。しかしそのまま声も掛けず、やおら足を揚げると赤木の腹を思い切り蹴り上げてやる。
もんどりうって赤木の躯が縁側の下へと消え、同時にガツッ、と打ち付ける音が重なった。
「ぃ、ってぇ・・・!」
「・・・何すんのさ」
赤木の声に非難する色を感じない。むしろ語尾は可笑しそうに弾んでいた。
「風邪ひきを家に入れる趣味はねぇ、出て行け」
腕を組み庭先を見下ろす位置で言い捨てる。縁側に立って足元の床が僅かに湿っているのに気付く。
「ああ。風呂、借りたよ」
サングラスで遮られていたはずの、僅かな視線の動きを目ざとく見付けた子どもが悪怯れる様子も見せず口を開いた。
「勝手してんじゃねぇぞ糞餓鬼」
「ふふ・・・いいじゃない。どうしたの?機嫌悪いね市川さん」
何かあった?いつもの少し擦れたような赤木の声が楽しそうに揺れた。その楽しそうな子どもの輪郭を肌で感じ、市川は顔を顰める。
大有りだ馬鹿め。
「そこら血で汚してねぇだろうな」
部屋に入った途端に気付いた微かな鉄の臭い。
「どうかな。平気なんじゃないの?」
畳に吸い込まれた血はやっかいだ。その時は綺麗に拭きとったはずでも、また再び血が滲んでくる。
何度も繰り返し拭いても、その変色した赧い染みは忘れさせないとでも云うように、血痕として畳に残るのだ。
「大丈夫だよ」
「あれは俺も見てて気味のいいもんじゃないから・・・嫌いなんだ」
何処でそんなものを見てきたのか、拭いても乾かぬ血の湿りを、その生臭い傷跡を、この子どもは知っているのか。
凡そまともな生い立ちではないなと、その燐片を市川は感じ取ったが、何も云わない。云ってもしょうのないことだ。興味もない。やはりな、と思う程度だ。
「でも風呂上がりにロクに拭かずに歩き回ったから濡れてるかもね」
ふふ、と赤木を取り巻く空気がさも楽しくて仕様がないというように震えた。
「もう一度張り倒されたいか」
「怪我してる子どもには優しくしてくれてもいいんじゃないの」
「・・・・・・そうだな、どれ手当てはしたのか。診てやろう」
近づいた途端、市川の右腕が撓るように振り上げられ、赤木の顔をその手が鷲掴む。その勢いのまま再び赤木の躯は庭へと放り投げられた。
さっきよりも大きな打ち据える音と砂の擦れる音。
だが呻き声は漏れず代わりに、はち切れんばかりの高い笑い声が響く。
赤木が笑っているのだ。
市川は隠そうともせず大きな舌打ちをしてみせる。分かっていながら近づいてきやがって。
「っはは・・・!盲のくせによく分かるね」
「その五月蝿せぇ声を引っ込めな」
市川さんの機嫌が悪い理由を教えてくれたらね、子どもは尚も笑いを収めず更に言い返してくる。嗚呼。本当に憎らしい。忌々しい餓鬼だ。
そうだ、だからこそ。
赤木の顔を掴んだ己の掌に舌を這わせた。ぬるい鉄の味がする。
お前のせいだと、口が裂けても云うものか。
11:マウントポジション*(電波)
見下ろす男の胸がゆったりとした動きで上下している。よく寝ているのだろう。だらしなく開いた口からは呼気とも鼾ともつかぬ、こうこおと鳴る音が聞こえた。寝息が頬にかかるほどに顔を近づければ、酒と煙草の混じった臭いが強くなった。どのぐらいそうしていたのか、自分でも正確な時間を数えていた訳ではないので解らない。もしかしたら小一時間ほどはそうして身動ぎもせずに、その顔を間近で見下ろしていたのかもしれない。しかし冷えた自分の指に僅かに力の篭った瞬間、目の前の男は口を小さく戦慄かせ目蓋を震わせた後、静かに目を覚ました。
起き抜けの開いた目の前に俺の顔を見付けた南郷さんは、一瞬状況が解らない様子で一度大きく目を見開いたが、すぐに焦点を合わせる様にして少し目を眇めている。そしてきっちり2回瞬きをしてから、どうした、と聞いてきた。半分咽喉で潰れたような掠れた声だった。どうしたと聞かれて自分はどうしたいのだろうと考えた。分からないまま口を開いた。南郷さんの躯は熱いね。それは南郷の顔を見ながらずっと考えていた事だった。酒呑んでるからじゃないのか。見当違いの応えを返した俺を南郷さんは咎めなかった。相変わらず覚醒しきらぬ目元ではあったが、こっちの話に乗ってくれるらしい。そうかな、この間呑まずにヤった時だって十分熱かったよ、そう云うと直ぐ近くの顔が吃驚したような気まずいような、そんな表情になった。俺の手はどう?冷たいな。そう。昔はお前だって熱かったんだぞ。ムキになって云い返すことかよ。子供の体温だなと思ったよ。静かな、そして掠れた声だった。いつから起きてるんだ、そんなに冷たい躯をして、寒いのか。別に普通だけど、寒くも暑くもない。外の風でカタカタと鳴る古い窓ガラスの音がやけに耳についた。布団から剥き出しの躯を、まだ温い外気が撫でていく。ただこの部屋は相変わらず風通しが良いね、冬には隙間風で難儀するぜ。少し躯が震えた。南郷さんは気付いただろうか。余計なお世話だ…お前…本当に大丈夫か。南郷さんの躯の横に投げ出されていた腕が持ち上がり、その手が俺の手の甲を握る。ほら手がこんなに冷たいぞ。熱い。焼けるようだった。触れられた場所は火傷のように爛れ、熱は皮膚を伝い、その下で怯える肉と骨にまで広がった。どうして何も云わないのさ。…何がだ。一拍おいて南郷さんが聞き返してくる。それに無性に腹が立った。気付いてるんでしょう、俺はアンタの上に乗っかって、首に両手をかけてる、力だって入れた、だから目が醒めたんだ。一息に捲くし立てた。アカギ。南郷さんが困った様な顔で俺を見る。手が本当に冷たいぞ、躯は?風邪をひいたのかもしれないぞ、熱でもあるんじ…ゃ…、ぅ。最後まで言えず南郷さんが言葉を詰まらせた。熱いのはアンタの方だよ。どうして。こんなにされて。首を容赦ない力で絞められて。なお、目の前の男は。どうして怯えも疑念も抗いも。恐怖さえも見せない。本気だよ。首へ掛けた指に力を込める。本気で絞め殺してしまおうと思った。その指が優しく撫でられる。南郷さんの掌。その優しさは寧ろ猟奇的で、加減ない暴力で打ちのめされる。恐い。目の前の男が恐いと初めて思った。誰だ。この穏やかに笑う男は。喉をひゅうひゅうと鳴らしながらアカギと名を呼ぶこの男が、恐い。気道も食道も頸動脈も押さえ込まれ、苦しさに醜悪と云っていいほどに顔を歪ませている、この男の浮かべる表情が。
何故、こんなにも穏やかなんだ。
恐い。
南郷さん。
俺は恐いんだ。
あなたがそうやって何もかも赦すみたいに俺を見るから。その目に俺は安寧を求めてしまいそうになるんだ。だから恐い。許されないそんなことは。俺は赦されてはいけない。そういう人間だと知っている。人の魂を奪い、代わりに俺は躯の中から人としての熱を失った。そうしてずっと生きてきた。だから。俺に熱を与えようとしないでくれ。あなたの熱を触れさせないでくれ。皮膚を破って侵蝕する熱。そんなものは知らない。大丈夫だ、大丈夫。南郷さんの掌が繰り返し腕を摩る。お前が不安に思うことなんか何もないんだ、アカギ、もう寝てしまおう。手首を握られ、その指が肘を辿って二の腕まで撫で上げた。まだ朝には遠い、ほら寒いだろう、こっちで一緒に眠ろう。窓の外では半分イカレた外灯が点滅している。チカチカと目障りな明かりが不規則に男の顔を照らした。シャツの袖の中に大きな掌が潜り込んでくる。この男は、何を云っているんだ。内側の柔らかい肉をゆっくり指で掴まれて躯が震えた。
やめろ。やめてくれ。こわい。こわいこわいこわいこわい、こわい。怖い。
南郷さん、
こんなにも貴方の動きを封じ、呼吸さえも俺の手の中だというのに、
俺は今、貴方に飲み込まれ体中を熱に侵されて、静かに死を迎えようといている。
12:立てない
初めに手ぬぐいで目隠しをされた。何も云わず従った。
次に両手を出せ、と云われたから、これにも黙って差し出した。
後ろ手に回された手首を縛る力が少しキツイな、と思ったが口には出さなかった。
捻られた肩が軋む音が聞こえる。
躯の筋が元あるべき通る場所から無理に動かされ、悲鳴を上げていた。呼吸のたびに引き攣るような痛みが躯中を奔り抜ける。
陽に焼けた畳へ頬を擦り付けるように上体を押さえつけられながら、赤木は止めていた息をゆっくり吐き出した。
「…っう、ん、っ…ふ、ぅ」
呼吸に紛れ、抑え切れない呻き声が洩れる。畳の匂いが鼻腔に広がった。古い藺草の乾いた匂いだ。
市川の赤木を押さえ付ける力には容赦がない。骨の尖った華奢な肩で支えられる以上の圧力で乗り上げられれば、べしゃり、と体幹の安定が崩れ、赤木は胸まで畳に押し込まれる。その耐えようのない圧迫感に引き攣れる息が咽喉を震わせ、度々呼吸が止まった。
汗ばむ背中が次第に細かく痙攣していく。ひぅひぅと啼く咽喉の戦慄きが軋む肩を駆け上がる。
ああもう背中を押す市川の乾いた掌までその動きを知らせいるのかもしれない。
懼れなのか、渇望なのか判らない、そんな思いが半分痺れて思考の追い付かぬ頭の片隅に浮かんだ。
まるで見えぬ目を補うかのようにして背中を押し込む力はそのままに、何度も何度も市川の乾いた掌が震える背中を撫でる。
ひとつひとつ検分するかのような市川の指の動きは、性的な意思は感じられず、薄く肉のない子どもの背中を這い回る掌は、震える皮の下の骨を、筋を確認しているようだった。
「どうした」
クク、と低い声が笑い、殊更ゆっくりと市川が耳に口を寄せ問うてくる。圧し掛かる市川の体温が近い。
震えて浮き上がった肩甲骨に爪を立てられ、ひぅ、と赤木の細く華奢な咽喉が啼いた。
腰骨の腹側、柔らかい肉に男の節だった指が食い込む。その圧迫に胴がぶるり、と震えた。
ざわざわと駆け上がる快感と、いくつもの臓器を仕舞い込む急所を抉られる被虐的な感覚。
もう、どうしようもない。もう、どこにも逃げられない。
揺すられる、穿たれる。擦られ、爪を立てられて喰われた。ぐずぐずに融かされていく。
それが。
与えられる市川の、その熱が。この躯を埋め尽くす、全てだった。
13:徹底的に
ぼとり、小さく何かの音がした。
縁側で寝転がっていた赤木は目聡く身を起こし、音の出所を探すように辺りを見回す。
ウロウロと視線を廻らしていると、背中の方でふと笑う気配がして部屋に目をやれば、市川が煙管をゆっくり燻らせていた。
その見透かした様にむかついて、赤木が思い切り顔を顰める。どうせ男には見えていないのだろうが、判らない訳ではないだろう。
こういう遣り取りを存外、目の前の男が気に入っているのは知っていた。そして、自分自身も。
「椿が落ちたな」
市川が口を開くのに併せて煙が、とろりと流れ出る。部屋の奥の畳まで伸びる夕暮れの赤と、吐き出した男の紫煙が交じり合い、ゆらゆらと霞んだ。
「椿?」
聞き返した赤木に、男は面倒くさそうに煙管を咥えたまま顎を庭へと突き出して示す。その動きでまた煙が揺れる。
煙は不恰好に形を変え、庭の池を目指すかのように長く棚引いた。
立ち昇り消えるその狭間を目の端で追い、その先、岩の囲いと獅子威しで人工的に造られた池の奥には、確かに幾つもの花を付けた椿が植わっていた。
「……へぇ…椿、ね」
口の端を引き上げ、揶揄を含んだ顔を向けてやる。
咲き時を過ぎたのか幾重にも重なる花弁は赤黒く変色し、歪に広がり、やもすれば広がり過ぎた花弁の中から覗く黄みさえもが生々しく、それは出来の悪い臓器の様で。
その姿は まるで 、
「ふふ・・・いい趣味だろう?」
負けず市川も凄みのある顔をして見返してくる。見えぬ筈の濁った目玉がサングラスの下で動き、赤木を射抜いた。ああ、この男の吐く煙と眼球の色は同じなのか。不意にそんな意識が浮かぶ。いつか大気と混ざり合い、消える定めと諦めている色だった。
堅い縁側の板は太陽を追い遣った夜風に晒され冷えてきたのか、突いて躯を支える掌の熱を奪っていく。知らず指を握り絞めれば、ギギと爪が板の上で鳴った。
「・・・市川さんが植えたの」
「っは!何が云いたい」
一枚一枚と散ることもせずに、ぼとりと落ちる赤い花の姿を見て、先人は何と云っていたのか。
腹の中に溜まる澱が波打っている。その感情の揺れを表す名前を赤木は知らなかった。
徐に立ち上がると、靴下が汚れるのも構わずに庭へ降り立つ。後ろから投げられた市川の訝しむ声は無視した。ただそこへ向かうことだけを考えた。酷く、魅力的なことに思えた。
ぼと、ぼとり。ぼと。
「市川さん」
ぼと、ぼと、ぼとり。ぼと。
それを両手に抱え庭から戻った赤木は市川の座る目の前まで来ると、腕を広げて一度に落とす。少し重く堅い萼は畳にぶつかると低い音を立てた。
態と雑に手を離したため、幾つかが男の顔と髪を掠める。
そうして鼻腔に届ける、香りの正体は。
「テメェ、全部もぎ取って来やがったのか」
まだまだ咲き頃であったはずの瑞々しい花弁を附けていた花もどれも何も関係なく、ぶつり、ぶつりと枝から毟り取った。それを市川を中心にして、辺り一面に椿を散らしてやる。
如何にも苦々しいという気配を隠さずに舌打ちをしてみせた男が、己の目の前に落とされた椿の花を骨と皮ばかりの指で掴んだ。
「まさか。ちゃんと残してあるさ」
するり、と市川へ手を伸ばす。乾いた肌が指先に触れた。冷たい肌だった。
「何だと?」
男の掌の中で赤い花が、ぐしゃりと握り潰される。
「勝手に落ちたりしないでよ」
骨の髄まで俺のモノなんだから。全部。何もかも。少しも残してなんかやらない。
「アンタの首はどんな音で落ちるのかな」
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