花束と眠るepilogue(市赤)


   市川が住む一軒家の裏手には庭園がある。

 桜、牡丹、水仙・・・。皆、市川が家に入る前から植わっていたものだ。当然だが見たことはなく、花を楽しむ趣味もない市川はその手入れを組に任せきりにしていた。
 世話している組の人間の話だと、桜は相当古い大きな木らしく、植えられている花木は時期が来ると大層な花を附けるのだという。



「市川さん」
 離れた所から声がする。近くに子供の気配がないと思ったら、どうやら赤木は縁側の方にいるらしかった。
「ずっとここに住んでるの?」
 赤木の声がこちらに向いていない。おそらく縁側から庭を見ながら話しているのだろう。
「そうだ」
「引っ越したりしないの?」
 何の興味か知らぬが、矢継ぎ早に質問してくる。
「目明きでも面倒臭せぇ宿代えなんざ、目暗にはもっと面倒臭せぇんだ」
「そんなの組の人間に頼めばいいじゃない」
 赤木の気配と共に声が近づく。縁側から戻って来たその躯からは、微かに外の匂いがした。
「どうせ家の細かい世話はしてもらってんでしょ?風呂は綺麗だし、庭も手が入ってる」
「下らねぇ貸しは作るもんじゃねえよ。この家が終の住みかさ」
「ふぅん。じゃあやっぱりここは市川さんの棺桶じゃない」
 そういうことか。市川は慣れた手つきで灰皿と煙草を引き寄せる。
「ふふ。また棺桶か。まぁ強ち間違っちゃいねぇだろうな」
「あんなに色んな花が庭に植わってるんだし、葬式ん時、困んなくていいよね」
 赤木は市川の傍まで来ると隣に片膝を立てて座り、ことり、と頭を市川の肩に預けた。猫が懐くかの素振りに、市川は薄く口元を引き上げる。
「何が生えとるか知らんがな」
「自分の庭なのに?」
「儂が世話してる訳じゃない」
「・・・ほら、やっぱり」
 謎掛けに正解したような声で笑う子供。市川はその姿を思い描く。
 死に逝く市川を飾るというならば、それは紛れもなくあの夜の赤木だ。確かにあの夜、市川は死んだのだ。その花の許で。
「・・・もういらねぇよ。花は」
「何それ?」
 訳が分からない、と赤木が市川を見上げる。
「・・・餓鬼には関係ねぇことだ」
 その声を無視するように、市川は凭れ掛かる小さな子供の頭を腕で押しやり、身を離した。
 押された赤木は一瞬口を開きかけたが、合わぬ市川の目を見ると押し黙る。
「雨は止んでんだろ」
「・・・・・・止んでる」
「ならもう帰れ。いつまでも入り浸ってんじゃねぇぞ」
 赤木は鼻を鳴らし、そうする、と立ち上がった。そのまま市川が顔を上げもしなければ、視線をやることもないのを気にするでもなく部屋を出て行く。
 床をしならせる足音に重なって、また来てもいいよね、と当たり前のように云うのが襖の向うから聞こえた。市川は答えない。赤木も答えを期待していた訳でもないのだろう。足音は止まらず、子供の靴先が三和土を蹴る音がしたと思うと、すぐ玄関の引き戸を開け閉めする音が続いた。
 静まり還った部屋で、市川はいつものように煙草に火を点ける。一口吐き、開け放たれた窓を仰ぐ。
 6日目の朝、降り続いた雨は上がり、空は春を越えて夏の匂いを運んできていた。
「雨宿りは終いだ」





060510
生に飽き死に魅入られて市川さんの棺桶で寝るしげると、しげるとの勝負の後、生きながら最期の時を迎えていると思っている市川さん。
タイトルは、花束と眠る≒棺桶に入ってる≒死、の連想で。