浸透圧1(天赤)


 どちらともつかない長い吐息が漏れて、互いの躯から力が抜ける。そのままゆっくりと自分の下にいる赤木の首筋に顔を埋めた。汗の匂い。首筋から感じるいつもより少し早い脈。
 体重をかけすぎないようにと支える両腕に力を込め、少し躯を起こす。
 目の前には赤木の白い顔に薄く浮かぶ汗の玉。放っておけば消えてしまうだろうその雫が勿体無く思えて、そっと顔を近付けた。
 だが、あと少しで唇が触れる距離になって目の前の白い睫毛が揺れる。閉じられた目蓋が引き上がり、現れたのは赧い光彩。
 ほんやりとした視線の先が自分を確認して焦点が合う、その瞬間を間近にして、天は自分の躯が馬鹿みたいに震えるのを知る。――綺麗だ。
 強くて美しくて、

「・・・暑い、天」
 我儘だ。

「ひどいな」
 情事の後の雰囲気もあったもんじゃない。それでも欲しくて堪らない相手がこうして腕の中にいるのだからと、柔らかく溶けて笑ったのに。
「暑い。退け」
 無情にも布団から出てきた細い腕に顔を押しやられる。思い切り鼻と頬の肉が白い腕の下で不恰好に潰れた。さっきまでの情事の名残で眠気が勝っているのか、元からそのつもりがないのか、力の加減をしてくれていない。
 だがそんなことでヘコたれない。すぐそばにある腕に、ちぅ、と口付けを落とすぐらいには、この相手に心底骨抜きにされていたから。
「天」
 しかし、この人はその行為がお気に召さなかったらしい。自分の名前を呼ぶ声が一段と低くなった。
 まいったな、どうしてこんなに切り替えが早いんだ、この人は。
 自分はこうして汗をかいたあとはぐずぐずと遊んでいたい質だか、この人はそうではないらしい。身体を合わせたのはこれが初めてではなかったが、何度仕掛けても成功した試しがない。
 まだ遊び足りないが、これ以上この人の機嫌を悪くさせるのも本懐ではないので、ここは素直に身体を退いておく。麻雀でなくたって、この人と対等に渡り合うには分が悪すぎる。
 それに。
 こうして素直に従った後には少々我儘云ったって甘い顔して許してくれるのを知っていたから。
「わかりましたよ」
 続きを楽しむのはその時でも遅くない。



090203

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