浸透圧2(天赤)


 咽喉が渇いた、と云ったまま動かないこの人に代わって、熱の籠ったベッドから後ろ髪を引かれる思いで抜け出した。端から自分が飲み物を調達するという気はないらしい。まあ、らしいと云えばらしいのだけど。
 素足でホテルの柔らかな絨毯の上を歩くと、足裏がもぞもぞして変な感じだ。やっぱり畳が好きだな、と思う。それに、室内灯をギリギリまで落としたホテルの部屋は視界が悪くて、ソファーやローテーブルに足の指をぶつけやしないかと踏み出す歩幅が少し小さくなって、ちょっと歩き難いのが、また、嫌だ。
 自分は意に副わぬ不自由なことが本当に大嫌いだった。そう、さっきのあの人と同じ。
 そこまで思考が向き至るになって、無意識に自分の口元が緩むのを自覚する。ああ、本当に碌でもない彼。そして勿論、俺も。


 部屋の中ほどまで来たとき足の下に何かが触った。
 暗くてよく判らないが、何か踏んだ気がする。赤木さんの服じゃなきゃいいけど、と考えたが、引き剥がすように脱がせたあの人の服を何処に放り投げたのか思い出せなかったから、確立は半分半分だ。いや、自分の服はベッドまで着ていた気がする。ああごめんなさい皺になりませんように、と心の隅で謝った。
 備え付けの小さな冷蔵庫を開けて、庫内の明るさに目を顰める。電気を落とした室内の暗さに慣れた目には少しキツイ。それでも身を屈めて冷気を浴びながら覗き込む。
 ふわりと流れ出る冷気が汗を掻いた躯に滲み込んでいく。悪くない。散々ぱら呑み倒したから碌なものはないかと思ったが、奥のほうにビールが1本残っていた。
 発掘品を手に戻り際、漸く暗さに慣れた目で先ほど踏み付けた服の辺りを見やると、やはりそれは赤木の上着だった。高そうなジャケットが、ぐにゃりと不恰好に崩れている。
 それは、さっきまでの彼のぐずぐずに溶けた姿を思い出させた。

 自分が引き出した、自分しか知らない彼の痴態だった。




090205

Top * close * back * next