浸透圧3(天赤)


  「何やってんでスか」
 冷えたビールを片手にベッドまで戻ると、赤木が身を起こしもせず行儀悪く煙草を吸っていた。掛布がかろうじて腰の辺りに溜まっているだけで、上半身は素肌が晒されたままだ。
「すぐ風邪ひくんだから、ちゃんと上、着てくださいよ」
 その白い躯と吐き出される紫煙が闇に浮かび上がって、目が吸い寄せられる。
「暑いって云っただろ」
「汗がひくと躯が冷えるでしょう」
「今日の天は五月蝿いなぁ」
「五月蝿く云わせているのは誰です」
 はぁ、と分かりやすい溜め息を吐いて見せるが、この人は知らん振りだ。ああ全く・・・いや待てよ、なんでいい年した大人相手に風邪の心配なんかしなきゃならないんだよ。ちょっと自己嫌悪に嵌りそうになるが、それ以上にこの男に嵌っている自分がいるのだからしょうがない。

 挫けそうな己を励まして、目に付いたベッドの下に落ちているシャツ――これは自分シャツだ、こんなところにあったのか――を拾い上げ、剥き出しの細い肩に掛ける。
 赤木は短くなった煙草を見もせずに、ベッドサイドの灰皿に押し付けた後、のろのろと天のシャツに袖を通しかけ動きを止めた。と、そのまま大き過ぎるシャツに包まり落ち着いてしまう。
 あれ?
「赤木さん?」
「・・・面倒くさい」
 ええっと、
「何云ってんスか」
「もうこのままでいい」
 いやいやいや!
「良くないでしょう」
 チラリ、と目線を此方に向けて、赤木の口元が薄く引き上がった。あ。また碌でもないこと考えてるぞ、この人は。
「なら天、お前が着せろ」
「・・・はぁ?!」
「俺はこのままでいい。なのにお前は着ろと云う、ならそう云うお前が着せるのがスジだと思わないか?」
「思いません」
 きっぱり逆らってみた俺の強がりは、
「じゃあこのまま寝る」
 あっさりと跳ね返された。
「・・・アンタいくつだよ」
 なんだこの我儘な生きものは。
「知らなかったか?」
「知ってます!」
 そんな意味で云ったんじゃない。分かってるくせに。ああ腹が立つ。だけど。

「天」

 ほら、その目と声に弱いんだ。アンタに勝てっこないことぐらい知ってるけど、勝利を確信したその態度はちょっと酷いんじゃない?ええでもそういう所も好きですよ俺は。
 だからせめて躯は起こして下さいね。寝転がったままじゃ、流石に着せられないしボタンも留められないですから。・・・ねぇ、聞いてます?人の話。・・・ちょっと。何、笑ってんですか。
 ああ、ホントに。
 碌でもない。

 大好きな、あなた。




090209

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