浸透圧5(天赤)


  「どうしてお前が泣くんだ?」
 アンタが泣かないからだ、喉まで出かかった言葉を飲み込む。胸を揺らす呼吸は、飲み込めなかった。
 肩に引き止め少し見下ろす先には、まったく理解出来ないという顔を隠しもしない、無防備な白い頬。
 本当は痛む他人の気持ちが思いやれるほど優しくて強いくせに、傷ついている自分の心が解からない、可哀相な人。
 傍若無人な振る舞いだって、嘘を吐かない正直なあなたの性根の裏返し。莫迦正直過ぎて、たまに、腹が、立つ。だけど。
「なんでアンタみたいな人好きなんだろう」
「天。天、お前が俺なんかに構う必要ないんだ」

「…怒りますよ」
 たまに、ではなく、本当は、かなりの、頻度。さらりと云うその口を捻じ曲げて、塞いでしまいたい。
「お前が云ったんじゃねぇか」
「俺が云うのはいいけど、あなたが自分で自分のことを酷く云うのは嫌なんです」
 まるで価値の無いような、捨てるみたいな、ただの物のような、そんなふうにあなたが扱われるのを俺は許せないんだ。そうたとえ、それが、あなた自身にだって。
「勝手なヤツだな」
「勝手ですよ。知らなかったんですか」
 さっきのやり取りを真似て言い返すと、抱き締めた細い肩が揺れた。軽く息を吐くみたいに笑う、いつものあなたの癖。
「…知ってるさ」
 そうでしょう。
 ねぇ、だから、

 もう諦めて俺のものになってよ。





090213 (OVER)

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